大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(う)158号 判決

所論は被告人の失火の事実を否認し、被告人方の薪ストーブ内の火の粉がその横煙筒内の煤に飛び、煤が燃え出し、右煙筒が過熱し、右煙筒のメガネ穴に近接したべニヤ板に引火した事実はないと主張し、これを認めた原判決の事実の誤認を主張する。

よつて本件記録ならびに原審で取調べた証拠を検討すると、原審証人石井正五、石井ソメ、朝井義江、白木幸一その他原審公判準備で取調べられた多数証人の尋問調書の記載によれば、本件火災の最初の発火場所が、約三尺の空地を隔てた石井正五及び被告人深谷マツが各居住する双方の家屋の境目附近であることは疑ないが、原審ならびに当審証人朝井(改姓高橋)義江、同伊藤岩緒の各供述によれば、本件火災発生当時最初に深谷マツ方に飛び込んだときは、深谷方茶の間のストーブと無関係な東北隅階段附近、即ち石井方寄りの深谷方の板壁に発火を認めたけれども、深谷方のストーブに水がかかつても音もしないし、蒸気も立たず、右ストーブの横煙筒、そのメガネ穴に近接するベニヤ板、その下の障子等には何等の異状がなく、全く燃えた形跡のなかつたことが認められるし、又原判決の証拠で明らかな如く、深谷マツが完全にストーブの薪を燃やし終つて就寝したのが昭和二八年五月二三日午後一〇時二〇分頃で当時煙筒及びストーブに異状がなく、江別町の消防署で本件火災通報の電話を受理したのは午後一〇時三五分で、この間約一五分間であるにかかわらず、札幌市消防長作成名義の「煙突煤の燃焼等に関する照会について」と題する書面によれば、一般室内用横煙筒に附着した煤の延燃必要時間は三〇センチ(約一尺)につき一五分乃至二〇分であつて、右一五分間に本件茶の間ストーブの約三尺の横煙筒の煤が燃焼し、右煙筒が灼熱し、それがメガネ穴のある約九寸平方の鉄板を熱し、鉄板に接着する欄間のベニヤ板約五尺を延焼して、外側板壁に延焼することは到底考えられない点、被告人深谷マツ方のストーブ横煙筒より本件火災後採取された、固まつた煤(原審昭和二八年領第七四号の五)は薪ストーブ煙筒内に附着したタールの燃焼により通常生ずるものではなく、煙筒外部からの加熱により生じたものである旨の、原審鑑定人小林晴夫作成名義の鑑定書の記載、原審証人石井正五、同石井静江の供述により認められる如く、洋服仕立業者である石井方階下表通りに面した同人の店舗のストーブの煙筒は、西側深谷方と約三尺を隔てた石井方西側板壁に四寸五分の土管を貫通させ、その先に丁字形の三寸五分の土管がとりつけられ、その土管とりつけの大小の順序が通例の場合と逆であり、(通例は内側のものは外側のものより小さい)、かつ右丁字形土管の突出先端と深谷マツ方板壁との間隔は約七寸しかないのに、右大小土管のはめこみのすき間から煙や火の粉のもれるのを防止するため、接合点に用いられた接着剤セメントの一部が欠け落ち、その欠けた一部がひろい上げられて針金で縛り付けられ、右接合点が不完全であつた点、本件発火当夜、右石井正五は火災直前迄右店舗で洋服仕立の夜業をし、火災直前正五の妻静江が玉うどんやコロツケを買うため外出し、発火直前夜食の用意をした点等を彼此綜合して考慮すると、原判決の証拠により認められる当夜湿度九三%、小雨模様、気温摂氏八度、風速約一四米であつたことを考えても、なお原判決挙示の証拠によつては、原判決の判示する如く被告人深谷マツの過失により同人方の薪ストーブ内の火の粉が横煙筒内の煤に飛び、煤が燃え出し、右煙筒が過熱し、メガネ穴に近接したベニヤ板に引火し深谷マツ方の外部に延焼した旨の判示事実を確認することができないのみならず、本件火災は右石井正五方の失火に原因するのではないかとの疑がある。然るに原判決は右証拠が十分なものとして被告人の失火を認めたものであるから、原判決の認定はこの点において重大な事実の誤認があり、右の誤認は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に当審において次のとおり判決する。

よつて本件記録を調査すると、被告人は昭和二八年五月二三日札幌市江別町三条三丁目被告人所有家屋に居住し、その階下板敷茶の間薪ストーブの煙筒の掃除を完全に行わなければならない注意義務があるにも拘らずこれを怠り、同日午後八時三〇分頃右ストーブに板薪を燃やしたため、その火の粉が鉄板製横煙筒内の煤に飛び、同日午後一〇時二〇分頃右煙筒の過熱により、煙筒メガネ穴に近接するベニヤ板に燃え移らせ、木造二階建の同家をはじめ周辺家屋に次々延焼させ、現住家屋一五八棟その他家屋六九棟を焼燬するに至らしめたものである旨の本件公訴事実は、前記認定の如くその証明が十分でない。されば刑事訴訟法第三三六条、第四〇四条に従い被告人に対し無罪の判決を言渡さなければならない。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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